英語英文学科3年 髙橋温子

マニラの美しい夕日
“知っているつもり”から一歩外へ
開発途上国について、これまで私は授業やニュースを通して学んできました。しかし、その知識は本当に「知っている」と言えるものなのだろうか、という疑問がありました。
現地に暮らす人々の生活や価値観は、数字や文章だけで理解できるものではありません。だからこそ、実際に現地を訪れ、自分の目で見て、肌で感じる経験がしたいと考えました。
また、フィリピンの同世代の学生たちと直接交流することで、日本とは異なる文化や歴史の捉え方、日常の「当たり前」に触れ、新たな視点を得たいという思いもありました。今回のプログラムは、世界を見る視野を広げると同時に、自分自身の価値観を問い直す機会になると感じ、参加を決意しました。
マニラで出会った”学び”
マニラでは、在フィリピン日本国大使館やJICAフィリピン事務所を訪問し、日本とフィリピンの関係性や、日本がどのような形でフィリピンに支援を行っているのかについて学びました。現地で働く方々から直接お話を伺うことで、国際協力は「善意」や「理想論」だけで成り立つものではなく、相手国の政治状況や経済事情、国際関係などと密接に結びついて進められているという現実を強く実感しました。
特に印象に残っているのは、フィリピンにおける教育分野についてのお話です。「言語力は非常に高い一方で、数学力が弱く、それが製造業の発展における長年の課題となっている」との説明がありました。フィリピンは多言語国家であり、共通言語として英語教育が重視されてきた背景があるため、こうした教育バランスの偏りが生まれているということでした。
また、教科書が個人所有ではなく、図書館の本のように貸し出し・返却を行う仕組みであることにも驚きました。日本では当たり前だと思っていた教育環境が、決して世界共通ではないことを実感し、自国の教育制度を見つめ直すきっかけにもなりました。
こうした具体的な現場の話を聞けたことで、ニュースや資料だけでは理解できない、国際協力の実情をより立体的に捉えることができたと感じています。
人との関わりを通して深まった異文化理解
現地滞在中は、現地の方々と直接関わる機会が多く設けられており、机上の学びだけでは得られない貴重な経験をすることができました。現地大学との交流では、お互いの国の文化や歴史、日常生活についてプレゼンテーションを行い、その後には文化体験を通して交流を深めました。実際に対話を重ねることで、フィリピンの文化や価値観をより身近に感じることができ、聞くだけでは分からない気づきが多くありました。
さらに、ホームビジットでは、現地の人々の暮らしや住居の雰囲気、フィリピン特有の「ビッグファミリー」の在り方を体感することができました。現地のローカルフードをいただいたり、慢性的な交通渋滞を経験したりと、日本ではなかなか体験できない日常を肌で感じることができた点も印象的でした。家族全員で温かく迎えてくれたことが強く心に残っており、特に子どもたちと一緒に過ごした時間や、何気ない日常生活を共有した経験は、教室では決して得られない学びでした。
また、日本人学生同士のディスカッションも非常に印象に残っています。同じ分野について学んでいるからこそ、意見交換がより深まり、自分一人では気づけなかった新たな価値観や視点を得ることができました。このプログラムに参加しなければ出会うことのなかった学生たちと議論を重ねられたことは、大きな刺激となり、今後の学びや進路を考える上でも重要な経験になったと感じています。

マニラの鉄道

ホームビジットの子供たちとの集合写真
川の上の家が教えてくれた“幸せ”
訪問先の中で、特に強く心に残ったのは、ナボタス地区の川の上に建てられた住宅でした。現在、その周辺ではマンションの建設が進められています。しかし、その土地はもともと川を埋め立てた場所であり、災害と隣り合わせの安全とはいえない場所です。そんな環境の中に人々が暮らしているという現実と、そのような環境で生活を続けざるを得ない状況に大きな衝撃を受けました。
また、天災や子どもを授かることについて「神のみぞ知る」という価値観を持っている点も印象的でした。災害への備えや将来設計を重視する日本とは対照的であり、良くも悪くも非常に楽観的な姿勢だと感じました。しかし、その考え方は単なる無関心ではなく、厳しい現実を受け入れながら生きていくための一つの強さなのではないかとも思いました。
このような環境の中でも、子どもたちは無邪気に笑顔で過ごしており、その姿はとても眩しく映りました。同時に、目の前にある現実に対して何もできない自分自身の無力さを強く感じました。
「幸せとは何なのか」「私たちが考える豊かさは、本当にすべての人にとって同じなのか」。川の上の住宅で見た光景は、そうした問いを私の中に残しました。
普段の生活では決して目にすることのない現実に触れ、そこで暮らす人々の価値観や生活の重みを、写真や言葉ではなく、自分の感覚として受け取ることができたと感じています。

川の上の家

ナボタスに住む方たちとの写真
問いを抱え続けること~支援は誰のためのものなのか~
日本がフィリピンに行っている支援は、ボランティアではなく、国益を前提としたODAによるものです。そのため、「親日的なフィリピン人を増やすこと」や、「将来的に日本へ利益が還元されること」を意識した支援が中心となる傾向があるように感じました。こうした協力は、国家間の信頼関係を築き、長期的な協力関係を維持する上で必要な側面もあります。一方で、日本が援助している事業の中には、その恩恵が中流階級以上の人々に多く届いているのではないかと感じる場面もありました。実際にナボタス地区で暮らす人々の生活を目の当たりにしたことで、支援がどの層に、どのような形で届いているのかを改めて考えるきっかけとなりました。これは支援の価値を否定するものではなく、より多くの人に届く可能性を考えるための重要な視点だと感じています。
また、支援は「行うこと」自体が目的になるのではなく、現地の人々の声や生活に寄り添いながら進めていくことが大切だと学びました。支援は決して不要なものではありません。しかし、外からの支援が、時として現地の人々が大切にしてきた生活や価値観、そして幸せの形を壊してしまう可能性もあるのではないかと感じました。
彼らは彼らなりの生き方の中で、美しく、たくましく生きています。
外からの善意が相手の現実とずれてしまえば、意図せず一方的なものとして受け取られてしまう可能性もあります。そのため、支援を行う側が常に立ち止まり、見直し続ける姿勢が必要なのだと思います。
今回の経験を通して、支援の成果や数字に目を向けるだけでなく、「誰のための支援なのか」「どのように寄り添うことができるのか」を考え続けることこそが、より良い国際協力につながるのだと強く感じました。簡単な答えはありませんが、この問いを抱え続けながら、これからも国際社会との関わり方について考え続けていきたいと思います。


