総合政策学科1年 伊林美希
はじめに
私は、今年の10月4日から10月7日まで日本財団ボランティアセンターが運営している「ぼ活!」の中の、「震災からつながるプロジェクト in 能登」というボランティア活動に参加しました。2024年の元日に発生した能登半島地震、及び同年の9月に発生した奥能登豪雨で大きな被害を受けた石川県の珠洲市に現地入りし、ボランティア活動を行うものでした。
ボランティアに参加した理由
今回、この震災に関するボランティアに参加した理由が3点あります。
1点目は、私自身が高校生の時に取得した防災士の資格を大いに活かしたいと思ったからです。私は、幼い頃から防災と接する機会が多くある環境で育ちました。中学生、高校生と学年が上がっていく中で、防災の知識を体系的に学びたいという気持ちが強くなり、高校1年生の夏に防災士の資格を取得しました。しかし、能登で災害が発生した2024年は、募金などの間接的な支援しかできず、直接的な支援ができなかったことにもどかしさを感じていました。そこで、大学生になった今、実際に能登に行き、災害やボランティアについて向き合いたいと思ったからです。
2点目は、災害が発生してから1年以上が経とうとしている今、能登に関する報道が減っていることに危機感を感じていたからです。震災が発生してから時間が経つに連れて、マスコミや新聞などのメディアによる能登に関する報道が減っているように感じています。私は、震災に関する人々の記憶が薄くなって忘れられてしまうのではないか、と強い危機感を持ちました。メディアによる報道が減ってしまった今も、能登に残って復興に向けて歩んでいる人々がいることや、能登の現状をより多くの人々へ発信していきたいと考えたからです。
3点目は、私の親が報道に関係する仕事をしており、報道機関が防災や災害支援と大きく関わっていることに気がついたからです。2011年に発生した東日本大震災の時に、私の親が宮城県の石巻市に被災地応援に行っていたことを私が物心ついてから聞きました。被災地応援で現地に行って感じたことを聞き、実際に被災地に行かないと分からないことを自分の目で確かめたいと思ったからです。
ボランティアの活動内容について
今回のボランティア活動では、被災された農家さんの農作業のお手伝いを中心に、他にも珠洲市内の視察や今も仮設住宅に住んでいる方との交流など、活動内容が多岐にわたりました。様々な活動を行った中で印象に残った活動は、災害ボランティアセンターのスタッフとの交流と珠洲市内の視察です。
災害ボランティアセンターのスタッフとの交流では、普段は珠洲市の社会福祉協議会でお勤めになっていて、能登で災害が起こるたびにボランティアセンターの立ち上げをするなど、能登半島地震の支援及び同年9月に発生した豪雨の支援に尽力された方にお話を伺うことができました。ボランティアセンターのスタッフ自身も被災され、職員数が減っている中で、福祉に関するニーズに対応したり、NPOなどと連携して支援したりなど、お話を伺っている中で発災時の具体的な支援を想像することができました。その一方で、市の交通を支えている道路が寸断されてしまい、必要な物資が届くまでに他の市町村よりも時間がかかったり、被災地の消防機関の応援をしている緊急消防援助隊の到着が遅れるなど、被災地支援に関する課題も多くあることが分かりました。
珠洲市内の視察では、マンホールが隆起したものや道路が一部陥没しているところがまだ残っていて、まだ復旧が進んでいない道路のいくつかを実際に見ることができました。珠洲市内を視察している中で、珠洲市の中心部から遠い地区ほど被害の復旧が進んでいないことが分かりました。また、珠洲市内でも地区や沿岸地域か内陸地域かによって被害状況や種類が異なっていることも分かり、被害状況に関して解像度を上げて見ることができました。珠洲市の視察をするまでは、どの地区も道路の復旧はほとんど完了していると思っていましたが、思った以上に復旧が進んでいないことを実感したのと同時に、物事を思い込みで考えてはいけないと痛感しました。

道路が一部陥没し、修復がまだできていないところ

3日目に農家さんの畑でお米を収穫した時
今回のボランティア活動から学んだこと
今回のボランティア活動から、新しく学んだことや得られたことが様々にありました。
学んだことの中で、1番痛感したことは、被災地で起きている問題を解決するために実行した施策が、かえって他の弊害を生み出してしまう可能性があるということです。これは、活動2日目に中学校の体育館で避難所の運営リーダーをしていた方のお話を伺っていた中で衝撃的だったことの1つです。避難所を開設する上で、衛生面やプライバシーを考慮して、段ボールで仕切りを設けるなどの対策が必要だと言われています。しかし、発災直後は想定を超える人数が避難してくるので、これらの対策をしてしまうと、居場所を失って困っている人が避難所に収容できなくなってしまうという盲点があることに気づきました。また、段ボールなどの仕切り板は、避難所運営のリーダーの方から見ると、避難所全体を把握しづらいという弊害をもたらしてしまうということも知ることができました。その時の状況や段階に応じて、想定や決まりきった常識に囚われず、ふさわしい対応を選択することが重要だと感じました。

泊まった民宿の部屋からの景色。現地入りしてから3日目の朝に初めて晴れた。
今後の展望
私は今まで防災について漠然と興味を持っている状態でしたが、今回のボランティア活動を通して、高齢化率の高い地域における災害時の位置情報の活用や災害時に高齢者から命を守るための政策など、自分の関心を明確にすることができました。今後は防災についての知見を広げながら、防災以外に興味がある分野の活動にも積極的に参加する姿勢を大切にしていきたいです。また、将来のキャリアが漠然としているので、日々の大学での学びを通して、自分自身と真正面から向き合い続けることを心がけていきたいです。

のと里山空港の2階にて。能登高校の書道部の作品が飾られている
