4年生インタビュー 総合政策学科 山口ひかりさん

卒業する4年生に、大学時代の学外学修の経験について伺いました!

-4年間を振り返って、津田塾での生活はいかがでしたか?
人生で一番勉強した4年間でした。大学に入学前は、勉強に打ち込むよりも部活など好きなことに打ち込む姿勢でいました。私が津田塾への入学を志望した理由は主に3つありました。
1つ目は、高校生の時から起業に興味があったことです。起業するには社会の事柄について多面的に勉強できる環境が必要だと感じていたので、総合政策学部を志望しました。2つ目は、大学では「勉強」したいと思ったからです。4年間学費を払ってもらって、多くの時間をかけるなら、ただ遊んで終わるのは勿体無い。けれど、勉強は嫌いだから勉強を強いてくれる環境を選びたいと考えていました。
3つ目は、オープンキャンパスで梅五輪の話を聞いたことです。勉強だけでなく、学生主体でプロジェクトを進めている姿勢に惹かれて、入学を決意しました。

-山口さんは、総合政策学部からまだ卒業生がいない年に入学しました。ネックに感じませんでしたか?
逆にそれがGoodポイントでした!未完成だからこそ、一緒に作り上げよう。そういった可能性のある雰囲気がとても魅力的に感じました。

-大学での学びはいかがでしたか?
はっきりとした転換期があった訳ではないですが、大学での学びのテーマは前半と後半で分かれています。前半は入学から1年生くらいまで、ジェンダー問題など、ヒューマンディベロップメントの領域に興味がありました。ところが、2年生ゼミでのオンライン授業のサポートアプリ開発がきっかけで初めてプログラミング言語に触れたり、徐々にITの分野に興味を持つようになって、2年生以降はソーシャルアーキテクチャの領域で学びを深めました。

卒業論文も、「知識サービス産業における女性活躍の推進に対する女子大としての取り組み」をテーマに、情報系の学問を女子大で提供する機会を創出する価値について執筆しました。私が課外活動として参加した取り組みの1つに、女子大学生のICT教養を高めることを目的に女子大学とIT企業が協賛して様々なイベントを企画する団体「WUSIC」があります。そこで行ったWebサイト開発講座で、プログラミングに対する苦手意識の事前事後アンケートを実施しました。事前アンケートではプログラミングが苦手だという意見が多かったにも関わらず、事後アンケートでは「楽しかった!」「もっと学びたい」という意見が増え、プログラミングへのイメージ改善やハードルの高さを払拭できたのではないかという結果を得ました。そこから、非情報系の学生にこそ情報系を学ぶ機会を提供すべきという結論を導き、いくつかの提案を行いました。


WUSICでの活動の様子。文部科学省のイベントで子どもたちにプログラミングの楽しさを体験してもらいました!

-2年生からの急なオンラインの学校生活、どう乗り越えましたか?
一番辛かったのは授業、特に英語のディスカッションの授業です。ミュートを外さなければいけない、みんなが注目して聞いている、電波が悪かったらもう1度言わないといけないかもしれないなど、英語を話すことに対してのハードルが一気に上がりました。これを乗り越えるために、毎週2、3時間ほどクラスが同じだった友だちとZoomを繋いで予習復習していました。
でも、逆に場所や時間を問わないオンラインの良さが、離れた場所にいる友だちとの勉強の時間を可能にしたり、気軽にミーティングや勉強会に参加できたりしました。また、就職活動も全てオンラインだったので、ギリギリまで友だちと話してリラックスしたり、髪の色や服装、時間や場所など、面接に行くという行為にかかるストレスが少なかったのも、オンラインで良かった点だと思います。

-学外の活動について教えてください。
ジェンダー問題に関心があったので、Voice Up Japanという非営利団体の津田塾支部を立ち上げました。その他にも、梅五輪プロジェクトで日本茶文化継承の活動や広報の仕事をしたり、WUSICでのIT企業とのイベント運営に加え、学内外でインターンシップにも挑戦しました。

-具体的にどのようなインターンシップを経験されましたか?
学外学修センターを通じて富士通クラウドテクノロジーズのアプリ開発インターンシップに参加しました。企画から開発まで、アプリ開発に係る一連の流れを実際に体験する、という内容のもので、私たちのチームはSDGsを生活の中に取り入れることをテーマにおみくじ風アプリを開発しました。
学外のインターンシップでは、ビジネスインサイダーの編集の助手として、記者からの原稿や写真を受け取って清書・入稿などの仕事をしています。

-授業とインターンシップの違いは何だと思いますか?
私が参加した富士通クラウドテクノロジーズのインターンシップでは、開発するアプリの企画から実装まで、全て自分で考えて行動しなければいけませんでした。ゼミの授業でアプリを開発した時は、どうしてもコーディングが得意な友だちに開発を任せてしまっていたので、卒業する前にもう一度、きちんとプログラミングにチャレンジしたいと思ったのが参加したきっかけの1つです。また、インターンシップでは企画構想から開発・実装まで学生の私たちがチームで行い、社員の方にはそれに対して非常に客観的な社会人の視点でアドバイスをいただけたことも、インターンシップの良さだと思います。

学外学修インターンシップで開発したアプリの紹介スライドより

-第2ターム(※)はどのように過ごされていましたか?
(※津田塾大学の第2タームは、必修科目を設けず、学生たちが学外でも自主的に学べる期間です。  https://www.tsuda.ac.jp/learning/offcampus.html
1年生の時はカナダのマギル大学へ語学研修、2年生の時は夏休みも毎週ゼミで集まってアプリ開発をしました。コロナ禍1年目だったので、オンラインで授業を履修して過ごしていました。3年生になると、梅五輪プロジェクトなど、課外活動に打ち込みました。

-第2タームの良さはなんだと思いますか?
一番良さを感じたのは、1年生で語学研修に参加した時です。他の大学と時期がずれているので現地に日本人が少なく、リアルな海外生活を体験できました。それに加えて、現地の大学生の夏休みと重なるので、3年経った今でも交友関係が続いているほど、密にコミュニケーションを取ったり一緒に遊ぶことができたことがとても良い経験だったと思います。また、第2タームには、私が参加した富士通クラウドテクノロジーズのインターンシップのほかにも津田塾生限定のプログラムを学外学修センターが実施していて、周りが
津田塾生なので安心して参加でき、周りと自分の能力に大きな差がないので、ストレスフルにならず、良い機会になっていると思います。

-学外学修の活動は、就職活動に何か良い影響を与えてくれましたか?
技術系の仕事を楽しく感じられるようになり、外資系のIT企業のコンサルタントに就職できました!元々、プログラミングなどの技術的な部分は苦手で、学内の活動ではそれが得意なメンバーに任せてしまっていました。しかし、学外では自分でやらなければならなかったため、技術面を自分で学ぶことになりました。そして徐々に慣れ、自分でプログラミングを書けるようになってくると、作業が楽しいと感じられるようになりました。この経験のおかげで、技術に触れながらビジネスをしたいと考えるようになり、最終的にIT企業のコンサルタントを選択しました。

梅五輪プロジェクト日本茶文化発信WGでの活動。国立能楽堂でテイスティングイベントを開催しました!写真左。

-就職活動の際、IT以外の業界をみましたか?
みました。IT業界だけでなく、ファストファッションや、ビジネスアプリケーションの業界など、幅広く目を向けていました。

そもそも、私の就職活動軸は「ビジネスで社会問題を解決すること」でした。

津田塾の授業では社会問題について考える機会がたくさんあり、自分自身が何かアクションを取らなければと思う時間も多くありました。実際、非営利の学生団体に所属し、さまざまな社会問題に挑戦してきましたが、その中で非営利団体では活動に限界があることを痛感しました。自分に利益の無いボランティアでやることには、なかなか時間もリソースも割くことが難しかったのです。それに比べ、利益を出しながら次へ繋げられるビジネスは、持続的に社会問題を解決できる方法なのではないか、と感じるようになりました。現に、ビジネスとは社会の困りごとを解決するために生まれるものであって、その問題の大小問わず、企業として何ができるのかを考えていくものだと気づきました。
そこから、ビジネスで社会問題を解決できる企業に入れば、目標を達成できるのではと考え、就職活動軸を設定しました。そしてその軸に沿って、社会問題の解決に力を注いでいる企業は業界問わず幅広く受けました。その中で私の就職先の企業は、日本の「IT化が進んでいないために、人間でなくてもできることまで人間が行っており、時間や労力を無駄にしている」という問題の解決に立ち向かい、尽力しています。この点が私の就職活動軸と理念に非常に合致していました。

-社会問題解決に尽力している企業はどのような基準で探しましたか?

基本的に、CSR(環境活動や寄付活動など、企業としての社会的責任を持って行う社会貢献)の取り組みやどんな活動に対して協賛しているかをチェックすることは行っていました。その上で自分たちが社会にもたらすデメリットについて認識しているか、その課題にどう対処しているのか、そして自分たちの責任を表明しているのか、という部分に重点をおいて判断していました。

-どのようにして最終的な就職先を決定しましたか?

一番大きかったのは、面接での心地よさでした。面接時間は1時間だったのですが、前半の30分が普通の面接で、残り30分は全て逆質問の時間だったんです。そこで面接官の方が「就職活動は学生が企業を評価する場でもある」と仰って、対等に扱われているという平等感を感じました。圧迫感もなく、面接というより面談のようにお話しすることができ、それが決め手となりました。
また、海外で仕事ができたり、外国人の方と仕事ができる環境など、外資系の企業に惹かれていたのもあります。そういった企業の中で会社の一員として自覚を持って働きたいと思っていたので、大きすぎず小さすぎない、規模感のちょうど良い企業だといった部分もポイントとなりました。職種に関しては、コンサルタントでの採用の有無を重視しました。自分はエンジニアというほど重めの技術系ではないし、営業職は個々の業績というイメージが強くて向いていないかもしれないと思いました。
その点、コンサルタントは程よく技術に触れながら、チームで一緒に何かに取り組むという環境で、自分の力を発揮できると思ったのでコンサルタントを希望していました。IT企業のコンサルタント職は意外と少ないので、必然的に絞れました。
他には、自社商品を持っているという点も考慮しました。他社の製品を比較して顧客に提案するより、自社の商品についてスペシャリストになってクライアントに的確なコンサルティングができるような、強い武器が欲しかったんです。
こういったように、さまざまな企業の面接を受けながらも取捨選択していきました。

-大学生活について、もしやり直せるとしたら、何をやり直したいですか?
やり直したいことはないです!学びきりました!
勉強、学外・学内のプロジェクト、アルバイト、そして友達との遊びも、これ以上何を頑張れば、というほどには頑張れました。そんな大学生活を通じて、高校生の時には想像していなかった自分になることができました。

-大学低学年時に抱いていた、起業したいという思いはどうなりましたか?
今はそれほどありません。
インターンシップやプロジェクトといったさまざまな活動から、自分は一番前に立つのが実はあまり得意じゃないな、ということがわかったからです。代わりに、リーダーの補佐という位置が自分の一番活躍できるポジションだと知ることができました。

-大学の4年間で、これはやっておいて良かった、ということはなんですか?
苦手なものにチャレンジすることです。SA(ソーシャルアーキテクチャ、情報通信技術を活かした課題解決の発想を養う、津田塾大学の課題・専攻領域)を選んだのも、「苦手だけどやってみよう、やってみないとわからない」という気持ちでした。また、失敗できる環境は大学生までしかないとも思ったので、やっておいて良かったなと感じています。

-大学生活の中での転機はどこですか?
英語のディスカッションの授業です。津田塾大学には、必修の英語の授業がたくさんあります。これらはただの英語の授業ではなく、社会問題について考えて、それに対して自分はどう思うのか、意見を述べる力を養う授業です。これが私の学外での活動や就職活動軸にも大きく影響しているので、転機だと言えると思います。
ちなみに私は英語が得意ではなかったので、友だちと一緒に授業の予習復習をして備えていました(笑)

-新入生や、これから就職活動に挑む後輩へ、メッセージ・アドバイスをいただきたいです。
辛い時こそ、その辛さを信じてほしい!
津田塾大学は特に課題も多く、授業も大変で、辛くて泣きたくなる時もあります。けれど、それがあるからこその成長や学びがあって、後々その努力を自信を持って語ることができるようになります。大学での学びや経験は自分を変えられます。頑張ってください!

それと、今そばにいる友達を大切にして欲しいです。

大学の友だちは、これから先ずっと仲良くできる、一生涯の友だちになると思います。大切だと思える友だちとの関係性を大事にして、共に成長してください!

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文章:学外学修センター学生スタッフ(井ケ田沙紀、坪田桃佳